沿革     関係資料    石田日信上人晋山式資料    自我偈     吉祥院    夏期講座資料


   長学寺HP    妙蓮寺HP   法華宗公式HP    仏像公開情報      旧寺報   

   吉村光敬師「生きる」への寄稿文     福山 本泉寺様をたずねて「生きる」


      写真集2    新動画ぶろぐ

   動画ぶろぐ


   最新薬王山寺報・行事はこちらをクリック。


 


2012年04月27日 16時22分

墓地の水屋が改装完成



2012年04月01日 16時30分

平成24年4月1日(日)朝:客殿まえの桜

2012年03月15日 15時18分

日記のタイトル
各位寺報第167号が発行されました。
上段の「最新薬王山寺報」こちらをクリックをクリックして下さい。

2012年02月27日 09時24分

24年2月26日梅花祭:大諏訪天満宮筆供養
24年2月26日梅花祭:大諏訪天満宮筆供養の動画を上段の「新動画ぶろぐ」に、
静止画像を「写真集2」に掲載。

2012年02月26日 11時09分

わが母の記
光正住職
ワンカット出演。

2012年02月26日 11時05分

24年度「花まつり前夜祭」

2012年02月23日 07時32分

梅花祭(大諏訪天満宮)

2012年01月06日 14時52分

除夜法要と初梯子乗り動画のお知らせ
  各位、
 23年除夜法要(除夜の鐘)の動画と24年初梯子乗りの動画を上段の「新動画ぶろぐ」に掲載しました。





2012年01月01日 12時43分

年賀

2011年12月24日 14時30分

日記のタイトル
第166号薬王山寺報が発行しました。
上段の「最新薬王山寺報」をクリックして下さい。


2011年12月24日 10時01分

除夜法要:甘酒供養

2011年12月07日 14時42分

平成23年度:沼津市技能功労賞「土屋道昭氏」
平成23年度:沼津市技能功労賞「土屋道昭氏」(本光寺壇信徒)

2011年11月27日 10時57分

本光寺本堂屋根瓦修復完了
台風15号で壊れた本堂の鬼瓦修復完了。




被災時の本堂

2011年11月26日 13時48分

石蕗
本堂前庭の石蕗の花が鮮やかな色でした。

2011年10月30日 16時00分

戊辰戦争に散った幕臣の慰霊碑
 

愍忠碑(びんちゅうひ)

 (沼津市本光寺)(歴代碑の南隣)

 沼津在住の旧幕臣が、戊辰戦争に散った同朋の霊を慰さめるために建てたもの。
「明治三年四月沼陽有志士族相謀建碑於本光寺
鎮幕府戊辰殉難之士之霊歴年既久殆将湮滅今口継其志更建碑以表徴意
 東駿有志 明治十七年五月十五日」と刻まれている。

(明治史料館通信第14号)


2011年10月18日 11時58分

日記のタイトル
 10月16日吉祥院お会式法要の
 動画を上段の「新動画ぶろぐ」に
 写真集「写真集2」に掲載しました。


2011年10月13日 13時52分

光長寺お会式法要の動画と写真の案内
 10月12日光長寺お会式法要の
 動画を上段の「新動画ぶろぐ」に、
 写真集を「写真集2」に掲載しました。


2011年10月10日 13時04分

長学寺お会式法要の動画と写真の案内
 平成23年10月9日行われました、
 長学寺お会式法要の動画を上段の「新動画ぶろぐ」に
 写真集を「写真集2」に掲載しました。


2011年10月04日 13時13分

組寺お会式万灯太鼓予定表

2011年10月03日 17時17分

平成23年本光寺お会式法要の動画と写真のお知らせ
 平成23年本光寺お会式法要の動画を上段の「新動画ぶろぐ」頁に
 写真を同じく「写真集2」に掲載しました。ご覧ください。

2011年09月28日 14時03分

本年度お会式案内(本光寺)

2011年09月22日 11時15分

台風15号これぞ野分けだ。
 平成23年9月22日(木)朝、いつもの様に本光寺にお参りに行ったところ、
台風15号の暴風で境内の樹木が倒れていた。
歴代墓碑前の大樹が折れて、昨日の台風の凄さを目の当たりにしました。
これぞ、野分だ!





2011年09月14日 10時45分

第165号案内
 薬王山寺報第165号を上段の「最新薬王山寺報」頁に掲載しました。

2011年08月21日 18時25分

平成23年8月21日(日)本光寺仏教講座
 平成23年度本光寺夏期仏教講座
四方先生の講演で「沼津の文化と千本」
「郷林としての千本松原」「浜人の文化」「海と川による文化の集積」
「気象がもたらした沼津の都会文化」「別荘地としての千本」
を詳しく講義された。

★上段の写真集2に夏期講座の写真掲載★上段の新動画ぶろぐに講座の動画を掲載。

2011年08月18日 13時37分

平成23年8月21日(日)夏期講座案内
 本光寺夏期仏教講座案内
 

2011年08月08日 17時14分

子持川の小がも達

毎日、お寺の墓参りをしていますが、帰り道の子持川にカモの親子が朝の散歩中。

2011年08月08日 14時14分

テスト
テスト

2011年07月16日 14時56分

本門法華宗布教誌「生きる」56−2011号の記事案内
 各位
  吉村師・平田師の「生きる」の記事を上段のNEWに掲載しました。

2011年07月16日 04時23分

首塚法要・蓮の花開花動画案内
 関係者各位
 7月15日に行われた、首塚法要の動画を上段の「新動画ぶろぐ」頁に掲載しました。
 尚、二年ぶりに咲いた、お寺の蓮の花も動画として、掲載しました。以上


2011年07月09日 13時31分

お施餓鬼法要案内

2011年07月05日 17時31分
薬王山寺報第164号案内
 薬王山寺報第164号を上段の「最新薬王山寺報」頁にけいさいしました。
 表示された画像をクリックしますと、拡大します。拡大された画像を再度拡大します。

2011年07月05日 11時07分
無縁仏供養法要
 

 「香貫山麓で安らかに」

11人の無縁仏供養法要 沼津布社協

 沼津市社会福祉協議会は3日、同市中瀬町の市斎場で、無縁仏供養慰霊法要を行った。市仏教会の僧侶27人による読経の中、同協議会や市関係者、沼津署員など24人が焼香し、み霊(たま)の冥福を祈った。

 参列した栗原裕康沼津市長は「入生の最後をこの地で終えられたのは、何か深いご縁があったのではと存じます。香貫山の麓の静かな地でお休みください」と慰霊の言葉を述べた。

 昨年度、身寄りがなかったり、身元が分からずに無縁仏として埋葬されたのは11人。同法要が始まった1975年以降、同所の無縁墓地に394人が納骨されている。

【静新平成2375()朝刊】


2011年06月26日 12時40分

本光寺客殿建設委員会資料「梵鐘」について
 

「梵鐘」

 戦時中の供出で梵鐘を失った本光寺で鐘の再現を願わぬことはありません。ことに光顕上人の切実な念願により、設立委員長斉藤平四郎氏夫妻が寄進されることになり、その意匠を私に托せられました。私はかねがね戦後再鋳の梵鐘のどれもが近世の俗悪な形を基にしていることを遺憾とし、何故上代のすぐれた形式をとらぬかを不審に思っていた折とて、依頼を喜んでお受けした次第です。

 幸いにして、私は日本のみか、朝鮮、中国の名鐘を見ています。その結果、何物もそうですが、梵鋳も時代を遡るほど形も音もよいと信じています。日本では奈良時代前期、つまり七世紀の梵鐘が最古最優です。妙心寺、当麻寺、太宰府観世音寺の鐘がそれです。そこで私は観世音寺の鐘の輪廓により意匠することにきめました。

 鐘の高さは上襷の上端まで三尺、それより龍頭の上まで三尺八寸八分。口径二尺。あり来たりの鐘より著しく長いことにお気づきでしょう。その上、上部から角張った感じでわずかに反り、中途からは殆ど垂直線状に下り、細い駒の爪に終る姿が哉然として、妙にモダーンに見えましょう。袈裟襷はいずれも細く、しまっており、乳区は比較的上方に圧縮された形です。乳は各区に四行七列、全部で一一二乳あります。四行七列は法華経二十八品にあうといって上人は喜ばれました。上襷には忍冬文を、下襷には唐草文を、撞座には七世紀の子房部の広い複葉蓮華を、いずれも浅く浮彫しました。龍頭も中国南北朝頃の古雅で強い形式によりました。

 縦襷の六字の名号は本光寺中興の祖御先代日舜上人の御揮毫によっています。池の間には次のように書かれています。「昭和四十五年法会之砌、聖誕七百五十年慶讃法会、現黄光顕。施主斉藤平四郎。幸子。意匠藤島亥治郎」私の名まで永久に刻まれたのは光栄の至りです。

 梵鐘は京都の仏具師藤田三法堂の手を経て橋本鋳工場で作られ、昭和四十五年十一月沼津に送られ、斉藤邸に収まり、十二月二十三日斉藤邸より寺まで木遣と共に運ばれて鐘楼に吊され、その第一声は光顕上人により撞き鳴らされました。鐘は音がわるくては生命がありません。ですからこの第一声を聞くまでは心配でなりませんでしたが、この第一声で美しい音色が寺を包んで鳴り渡り、余韻条々としていつまでも盡きず、人々のさ歎の声を聞くに及んで、はじめてほっといたしました。爾来私は寺にあがってはこの鐘の音をきくのを楽しみにし、この音により煩悩が解脱浄化される喜びにあふれております。

(本光寺客殿建設委員会資料)

「渡廊と鐘楼」

 客殿のロビー東北隅に繋がる幅一間の廊は柱間で七間、長さで一三・八五メートルで東折、三間で北接、三間で本堂の東南端に繋がり、客殿・本堂間の連絡路となります。途中三間分は屋根を切り上げて鐘楼とし、その下は開放して墓地への出入口にします。床は土間床で、黒灰色の玄晶石を四半敷します。鐘楼の部分だけは土間床を前後にひろげ、花山岡石の階段をつけます.杉の素木造。地盤面より床面まで三〇センチ、軒桁上端まで二メートル九三。上に疎すい三寸五分勾配の軽い屋根をかけます。軒の出九〇センチ。梁と棟束立の化粧天井。屋根はコロニアル葺き。棟は瓦葺き。壁面は東側は墓地に向くので、上部をわずかに透したほか、ラスモルタル下地に砂入漆喰を白く塗りますが、西側は廊の左右両端を壁とするほか、連子窓とします。ただし、廊の折れ曲がりで本堂と本堂玄関で成した壼庭に向いた部分は開放します。壺庭には大小四個の石を配し、竹を低く添えるほか、白川砂を敷き込み、このあたり禅庭の趣を添えます。

 鐘楼は開放されていますので、地貫、貫で固め、上方の前後に簡素な欄干を加えた上に、左右の柱間に連子を並べ、一見、楼のように見せます。中央に撞木梁をかけ、鐘を吊します。屋根勾配三寸五分。

(本光寺客殿建設委員会資料)

 


2011年06月07日 12時51分

本光寺:6時の鐘。
 6時の鐘。




2011年04月07日 16時46分

沼津市仏教会:東日本大震災物故者慰霊法要
沼津市仏教会:東日本大震災物故者慰霊法要の動画を↑の段の「新動画ぶろぐ」に掲載しました。
平成23年4月7日(木)



2011年03月29日 09時50分

志村正治氏逝く
 本光寺壇信徒「志村正治氏」平成23年3月24日ご逝去。
画像は1月12日元壮年部最終集会時熱海での夕食会で。

2011年03月21日 09時53分

沼津市仏教会寺院地図(仏教会会報第50号より)

2011年03月17日 17時15分
薬王山寺報案内
 薬王山寺報第163号を上段の「最新薬王山寺報・行事」ブログにけいさいしました。

2011年03月05日 14時25分
大諏訪天満宮・梅花祭の動画の案内
 平成23年2月27日大諏訪天満宮・梅花祭が開催されました。
 遅くなりましたが、梅花祭の動画を上の段の「新動画ブログ」に
 掲載しました。ご覧下さい。

2011年02月25日 12時08分

梅花祭:大諏訪天満宮

 大諏訪天満宮で梅花祭

 27日筆供養、奉納書道展

 大諏訪の吉祥院(佐藤光徳住職)は、「梅花祭」を二十七日午後一時から七時まで境内にある天満宮で開く。

 筆供養が五時から行われるほか、奉納書道展が同日まで境内の特設掲示板で開催中。模擬店も出てにぎわう。

 問い合わせは同院(電話九五一ー一九九三)

(沼朝平成23225日号)


2011年01月06日 10時58分
沼津若鳶初梯子のりが披露
 平成23年1月6日(木)午前8時
恒例の本光寺境内において沼津若鳶初梯子のりが披露。
動画を上段の「新動画ブログ」に掲載しました。

2011年01月04日 16時26分
除夜の鐘
 22年本光寺除夜の鐘の動画を上段の「新動画ぶろぐ」に掲載しました。

2010年12月20日 17時05分
第162号薬王山寺報の案内
 薬王山寺報162号薬王山を上段の「最新寺報はこちらを」に掲載しました。

2010年10月19日 15時04分
10月10日長学寺・10月12日光長寺・10月17日吉祥院のお会式法要の動画案内

 10月10日長学寺・10月12日光長寺・10月17日吉祥院のお会式法要の動画と写真集。
 を上段の「新動画ぶろぐ」頁、写真集は「写真集2」の22年お会式アルバムに追加掲載しました。

2010年10月07日 15時14分

10月3日本光寺お会式の動画と写真集の案内
 平成22年10月3日 薬王山本光寺の動画を上段の「新動画ぶろぐ」と「最新行事ぶろぐ」に掲載。
 写真集は「写真集2」に22年本光寺お会式アルバムに掲載しました。ご覧下さい。


 日蓮大聖人お会式と万燈行列

 お会式とは日蓮大聖人のご命日にお勤めする御報恩会式法要のことです。

私たちをご先祖様と共にお守り下さっている、大聖人の御入滅(亡くなった日)を記念して報恩の真情を現すための法要です。大聖人にお会いして日頃の御礼を申し上げる式をお会式と申します。

 今から七百年前、弘安五年(一二八二)十月十三日、日蓮大聖人は武蔵国池上邸(今の本門時)で御入滅されました。本来お会式は大聖人のお命日を追悼するための法要でしたが、年月が経るにつれて、法華経信仰を身を以て弘めれた大聖人の忍難の御生涯を偲び、会い難いお題目へのお導きに対して報恩感謝の誠を捧げる法要となりました。お会式は、古くは御影講(みえいこう)御命講(おめいこう)報恩講などとも呼ばれ、江戸時代から盛んになりました。一般庶民の大聖人への祖師信仰が高まり、宗旨柄、めそめそしないで陽気におまつりし、且つ僧侶や信者同志の信念を固め、信情を温め合って明日への活力としました。法悦歓喜のあまりお題目の声や団扇太鼓の音を鳴り響かせるようになりました。お会式には桜の造花を美しく飾った万燈が見られますが、大聖人が御入滅されたとき、時ならぬ桜が咲き誇ったという伝承にもとづくものです。十月十三日を中心にしてこの前後選んで全国の法華宗寺院では必ず大聖人に対するお会式を営むのです。

 本光寺でも七百年余毎年お会式をお勤めして参りました。また日蓮大聖人の五十年ごとの御遠忌(年忌大法要)には万燈供養が行われていたと伝えられていますが、絶えて久しく行われていませんでした。昭和五十六年の七百遠忌(七百回忌)を機会に、寺檀一致して復活を期しました。先々代光顕上人の遺志でもあり、これを受け継ぐべく、先代光紹上人を中心に世話人会一同準備を重ねました。世話人会青年部による、身延山・池上への見学、身延山万燈講よりお曜子.太鼓の直伝を受け稽古を積みました。昭和六十一年第一回の万燈行列を大諏訪吉祥院万燈講.富士長学寺万燈講・沼津鳶職組合様・沼津若鳶会様のご協力を得て厳修しました。江戸時代沼津城造営のため三枚橋車返の地より移転し三百余年本光寺のあった八幡町の寺域の市街地を盛大に練り供養しました。また身延仙久遠寺.池上本門寺にも参加し、現在は組寺並びに岡宮光長寺のお逮夜にお参りしております。

 お会式は一年に一度日蓮大聖人にお会い出来る日です。本光寺では毎年十月第一日曜日に、大聖人のごご遺徳を偲び讃えるとともに報恩の誠を捧げるお会式が行われます。檀家中各家先祖代々の追善供養のご回向と、この一年の無事をお願いする、家内安全・心身健全のこ祈願を行います。

 合掌

 心をあわせ力をあわせ南無妙法蓮華経

 沼津市本宇千本一九一〇の一八五

 日蓮大聖人車返霊場薬王山本光寺

 

 


 日蓮聖人に報恩感謝の心情

 千本・本光寺がお会式と万燈行列

 千本の本光寺(木村光正住職)は三日、「お会式法要」を実施。同寺本堂で開かれたお会式に続いて、檀信徒らが中心市街地を練り歩く万燈行列を行い、日蓮聖人の遺徳を偲んだ。

 お会式は、弘安五年(一二八二年)十月十三日に六十一歳で入滅した日蓮聖人に報恩の心情を表し、日蓮聖人の命日を追悼する法要。七百余年一前に始まり、日蓮聖人への祖師信仰が大衆に広まった。

 現在は、日蓮聖人に報恩感謝するとともに、先祖代々の供養や家内安全・心身健全などを願う法要に趣旨を変えながら継続。

 日蓮聖人が武蔵国池上(現・東京都大田区)で病により入滅した時、季節外れの桜が咲いたという伝承に基づき、桜の造花で彩った万燈とともに練り歩く「万燈行列」が各地で行われている。

 同寺の万燈行列には檀信徒ら約百五十人が参加。富士市の長学寺、大諏訪の吉祥院の万燈と檀信徒らが加わり、旧寺域の八幡町の市保健センター前を出発した。

 日蓮聖人の伝承を伝える車両を先頭に御題目旗や提灯、まとい、造花で彩られた大小の万燈三基に続き、参列者が団扇太鼓や鉦で、お離子を打ち鳴らしながら、あげつち商店街やアーケード名店街を練り歩き、本町商店街、浅間町、千本緑町を経由して同寺へ向かった。

(沼朝平成22105日号)



2010年09月29日 06時55分

平成22年度本光寺お会式

2010年09月18日 08時34分
寺報第161号
寺報第161号を上段の「寺報はこちらに」に掲載しました。

2010年08月26日 16時47分

第32回夏期仏教講座
第32回夏期仏教講座の動画を上の段の「新動画ブログ」に掲載
写真を写真集2に掲載しました。




2010年08月17日 18時20分

三嶋大社の夏祭りで。バッタリお会いした。
壮年部の志村夫妻。

2010年08月17日 18時16分

本光寺 夏期仏教講座案内

2010年07月10日 09時16分
薬王山寺報第160号案内
薬王山寺報第160号
上段の最新薬王山寺報頁に掲載。

2010年06月07日 19時31分

日記のタイトル
平成22年6月5日(土)
薬王山本光寺壮年部研修会が行われた。
↑の段の「新動画ぶろぐ」頁に動画を、写真集2に団参アルバムを掲載しました。
是非にご覧下さい。

2010年05月21日 12時04分

長学寺「入退山式」

 富士 長学寺で「入退山式」

 新住職を檀家ら祝福

 富士市比奈の本門法華宗長学寺でこのほど、新しい住職を迎える「入退山式」が開かれた。吉村光敬さん(43)が第27世住職に就任し、集まった檀家(だんか)や地域住民

から祝福を受けた。

 厳かな雰囲気の中、正装した吉村さんは第26世の吉村光篤住職から過去帳などを受け取る「法燈継承」を行い、職を授かった。吉村さんは「地域の人たちに親しまれる寺にしたい」と決意を報告した。

(静新平成22521日朝刊)


2010年04月15日 17時57分

4月12日壮年部例会(総会)
壮年部新人「橋本明男氏」入会。
木村光正住職よりの委嘱状。

2010年04月09日 10時33分

釈尊降誕第三十九回花まつり前夜祭(沼朝記事)

 花の世の花のようなる人ばかり

 花まつり前夜祭で釈尊降誕を祝う

 釈尊降誕第39回花まつり前夜祭が七日タ、東急ホテルで開かれ、市仏教会(高田順雄会長)、市青年仏教会(笹津海道会長)、市仏教婦人会(佐久間和子会長)の会員、檀信徒三百九人が出席した。

 観音経、四弘誓願(しぐせいがん)を唱え、高田会長をはじめとする代表者による潅仏(かんぶつ)が行われた。潅仏は釈尊誕生を祝うもの。

 あいさつした高田会長は、今年のテーマ「花の世の花のようなる人ばかり」について、龍沢寺の中川宋淵老師から頂いたものとして、頂いた時の様子を話した。

 「老師様は『何も説明する必要ないよ』と笑っていたが、私には遠い世界のように感じられた。『そういう世界が訪れるんだよ』と老師様は笑っておられた」という。誰もが仏性を持っており、仏性が顕現する時代の来ることを教えたという。

 この後、龍沢寺の梅林での思い出。「当時は広い梅林があった。まだ寒い早春の晩、老師様と歩いていると、『そこに座りなさい』と言われた。何もないところに座れと言う。何か悪いことをしたかなと思って座ると、『まあ、お茶でも一服いただこうか』と老師様は手で茶碗の形を作らせた」という。

 二人は何もない両手の茶碗で茶を飲むしぐさをしたが、高田会長は当時、両手の中に宇宙が詰まっていると感じたという。

 「まさに老師様のような修行をなさった方だから、『修行をしていれば心の花が咲くよ』という意味なのだと思う」と改めて今年のテーマについて話した。

(沼朝平成2249()号)

 潅仏や風船などプレゼント

 青年仏教会は街頭はなまつり

 市内寺院の四十五歳以下の僧侶で組織する市青年仏教会(笹津海道会長)は、街頭はなまつりを八日、仲見世マルサン書店前で行い、通行人に甘茶を振る舞った。

 釈尊誕生日の四月八日を祝いながら、仏教を知ってもらおうという取り組みで、通行人に、釈迦像に甘茶を掛けてもらう潅仏も行った。子どもには風船やおもちゃを配った。

 潅仏をした若い女性の一人は同日が釈尊の誕生日であることを「知らなかった」と話し関心を示した。

(沼朝平成2249()号)


2010年03月22日 14時32分

本光寺境内整備完成
境内整備完成

2010年03月15日 12時08分

薬王山寺報第159号案内
 薬王山寺報第159号を↑の最新薬王山寺報クリックに掲載。
 拡大され読むことが出来ます。

2010年03月06日 18時36分

境内整備工事の様子。
境内整備が進む、工事の様子。


2010年02月16日 09時10分

梅花祭:大諏訪 天満宮
  
 21日 大諏訪の吉祥院で梅花祭
 筆供養や奉納書道作品展も
 大諏訪の吉祥院(佐藤光徳住職)は、境内にある天満宮で「梅花祭」を二十一日午後一時から七時まで開く。
 筆供養式が五時から行われ、使い古した筆や鉛筆、書道作品などを読経の中で焚き上げる。また、園児から大入までの奉納書道作品が、十四日から二十七日まで同院参道脇の特設掲示板に展示される。
 問い合わせは吉祥院(電話九五一の一九九三)。
(沼朝平成22年2月17日(水)号)

2009年10月08日 19時39分
本光寺万灯練り供養(沼朝記事)
  千本・本光寺の万燈行列
 沿道で手を合わせる市民も
 千本の本光寺は、弘安五年(一二八二年)十月十三日に六十一歳で入滅した日蓮聖人に報恩の心情を表す「お会式法要」を四日に実施。同寺本堂でのお会式に続いて、中心市街地を練り歩く万燈行列を行い、日蓮聖人の遺徳を偲んだ。
 行列には檀信徒ら約百五十人が参加。富士市の長学寺、大諏訪の吉祥院、平沼の法華寺の檀信徒らも加わり、旧寺域の八幡町の市保健センター前を出発した。
 御題目旗や提灯、まといを先頭に、桜の造花で彩られた大小の万燈三基と共に参列者が続き、団扇太鼓、鉦のお囃子をにぎやかに打ち鳴らしながら、あげつち商店街やアーケード名店街を練り歩き、本町商店街、浅間町、緑町を経由して同寺へ向かった。
 沿道では、行列を見守り手を合わせる市民の姿もあった。
(沼津朝日新聞)

2009年09月26日 11時51分
 二十一年度 お会式案内
        

2009年09月21日 17時56分
万灯太鼓・お会式看板
 10月4日お会式です。
 27日(日)太鼓の練習してます。練習日としては最終です。
 ☆画像は鈴木氏撮影

2009年09月19日 14時41分
王山寺報第157号の案内
薬王山寺報:157号が平成21年9月20日発行されました。
↑「最新薬王山寺報・行事はこちらをクリック」をクリックしてお読み下さい。
画像をクリックで拡大しますので、読みやすいと思います。


2009年08月24日 12時59分
夏期仏教講座:平成21年8月23日(日)の動画案内


 第35回本光寺夏期仏教講座:平成21年8月23日(日)
 の動画を上の新動画ぶろぐと旧動画ぶろぐに掲載中
 4部作ですが、ご覧下さい。

2009年08月18日 09時43分
本光寺:第31回夏期仏教講座


2009年08月06日 16時50分
壮年部家族会
 本光寺世話人会壮年部家族会家族会が8月5日行われた。
 動画を上の「新動画ぶろぐ」に掲載しました。
 又、写真は「写真集2」の壮年部アルバムに掲載しました。

2009年08月02日 11時13分
半田ハルさん(福祉ボランテア代表):本光寺世話人会婦人会
 点訳グループ「かたつむり」が30年
 足跡たどる記録誌を発刊
 点訳グループ・かたつむりは、同グループの三十年の歴史をたどり、視覚障害者向けの点字誌『月刊かたつむり』の「目次」と「あとがき」を集めた三十周年記録誌「かたつむりのあしあと」を発刊。関係者に配布している。
 同グループ創立に携わり、仲間と共に『月刊かたつむり』を発刊してきた半田ハル会長(81)=添地町=は、「かたつむりが一度もつまずくことなく三十年を迎えられたことは、『月刊かたつむり』を中心にグループが心を一つにしてきたため。記録誌は活動の記録として残すもので、目次とあとがきを見ると、当時を思い出す」と話している。
 同グループは、一九七八年に発足以来、図書や文章などの点訳ボランティア活動に取り組み、八九年には勧山弘真楽寺住職の著書『愛ありがとう』を日本点字図書館から点字出版。九八年にはカタカナ語新辞典、二〇〇三年には明石海人著の『白描』を点訳している。
 製作したものについて、全国の視覚障害者関係団体や市内の学校、施設、団体へ点字図書を、ハンセン病施設にテープ図書などを寄贈し、九一年には沼津朝日賞の福祉部門を受賞している。現在、半田会長をはじめメンバー十六人で活動している。
 『月刊かたつむり』は、話題のニュースや本、歌謡曲、料理レシピ、エッセー、新聞の投稿など、メンバーが選んで点訳したものを集め一冊にして発行しているもので、中でも勧山住職の『テレフォン説法』は毎月掲載し、「読者の心の糧として親しまれている」という。
 当初は隔月発刊だったが、その後、月刊に。一冊を回し読みする形を取っているが、愛読する目の不自由な人は市内・近隣だけでなく遠方にもいて、一巡すると市立図書館に寄贈し、一般の点字図書として貸し出している。
 今回の記録誌には、今年五月の三百三十号まで合わせて四万五千九百五十九ページ分の「目次」と「あとがき」を集め、手作業で仕上げた。
 半田会長は、「三十年は長いようで、あっという問だった。この節目を機に、気持ちを新たに発刊を続けていきたい」と話している。
(沼朝平成21年8月2日(日)号)



2009年07月12日 14時35分
21年度本光寺お会式・万灯練供養ご案内
今年度の本光寺万灯講とお会式は10月4日(日
  お会式:午後二時・本堂
 万灯練供養:午後四時半出発
         保健センター→本光寺

2009年07月12日 14時29分

本光寺万灯講お誘いとお願い
本光寺万灯講 お誘いとお願い
 暑さ寒さも彼岸までの言葉の通り春うららかな暖かい季節となりました。
本光寺檀信徒の皆様に於かれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、ご存じの通り本光寺万燈講も発足して以来20有余年を数えることとなりました。
今年も本光寺世話人会壮年部と青年部を中心に10月4日の万Eに向け準備に入りましたが、
今節世話人会も"非常に高齢化が顕著"になってまいりました。
これより毎年の行事も含め万燈講を存続発させるために檀信徒皆様のご理解とご協力を得て若人の入部を推進したく、
また万燈講へのお誘いをお願い致しております。
お会式は日蓮御聖人の追善法要でございます。多くの皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。
本光寺世話人会 青年部
(詳しくは上段の行事をお読み下さい)

2009年07月12日 14時27分

本光寺夏期仏教講座のお知らせ
 本光寺夏期仏教講座のお知らせ
 一、日時 平成二十一年八月二十三日(日) 午後二時
 一、場所 本光寺客殿
 一、講師 沼津史談会会長 四方一瀰先生
    「沼津で芽吹いた近代経済学」
 詳しくは上段の行事をお読み下さい。
 


2009年07月08日 13時42分

第156号薬王山寺報のお知らせ
 第156号薬王山寺報を上段の「最新薬王山寺報」頁に掲載。
 その頁の紙面の画像をクリックすると拡大で読めます。


2009年06月28日 16時35分
昭和46年11月:第86世貫首・晋山式記念植樹


 

 京都大本山妙蓮寺に参詣

 京都御所特別公開中の四月二十六日、京都を訪れ、普段目にすることの少ない御物を目の当たりにし、 歴史の一頁に触れた後、念願の大本山妙蓮寺に参詣しました。

 山門を潜ると、すぐ右手に立派な鐘楼が建ち、本堂の前でお参りを済ませ、朱印をお願いしようと寺務 所に向かう途中、「昭和四十六年十一月に日英上人大本山妙蓮寺第八十六世貫首に招請され、晋山式記 念植樹の木」と記された札が目に留まりました。その木=写真=を日英上人お手植えから四十年近くの 時を経て新緑を湛えた木犀(もくせい)を感慨深く見入りました。

 本光寺世話人会壮年部 伊賀永光



2009年06月28日 16時24分

正法を立て国を安んずる

「生きる」水華号

「正法を立て国を安んずる」

 
 日蓮聖人が、文応元年(一二六〇)七月十六日『立正安国論』を鎌倉幕府に奏進なされて、
 本年、平成二十一年
(二〇〇九)は、七百五十年をお迎えします。

「生きる」に寄稿された、富士市・長学寺副住職 吉村光敬師のお文を上段にリンクいたしました。




2009年06月12日 21時52分

法話「伝えよう心の修行」無上道平成216月号

伝えよう心の修行「無上道平成216月号」

 乗典寺住職 平田恵皓

 先日悲しいことがありました。私が可愛がっていたオスのシーズー犬が死んでしまいました。この子は、お寺で産まれ、お寺で育ち、最後にはお寺で死んでしまいました。

 その日に限って誰もいなく、私ひとりで、それも私の膝の上で死んでしまいました。産まれた時から可愛がっていたせいか、また誰もいなかったこともあって、大号泣してしまいました。

 この子には、家族全員が大変癒されました。愛らしい瞳、弱々しい姿、そして人懐っこい性格。何処に行くのもトコトコ・トコトコと付いてきて、本堂に行く時も、トイレに行く時も、また寝る時も一緒で、そんな姿が一気に思い出され号泣しました。

 あとで知ったのですが、病院の先生曰く、「この子は産まれつき腎臓が悪かったですね、良く六年も生きたな」といわれ、また号泣。

 しかし、人間も亡くなった時そうかもしれませんが、動物も同じように、だんだんと身体が硬くなっていくのがわかりました。何とか清らかな体にと思い、「そうじゃ、わしは坊さんじゃつた、忘れとった」と思い、体を摩りながら、お自我偶を唱え、そして本門八品上行所傳のお題目を一生懸命唱えてあげました。

 そうした中、この子の体から伝わるものがあって、生きている者の臨終の時、伸るか反るかの時や、ご回向はもとより病気祈願、やはり素直に一心にお題目を唱える、一生懸命に唱えること、それはこと普段からのお題目を唱えることの大切さを忘れてはダメだよと教えてくれたように感じました(本因妙の修行)

 この慌ただしい世の中で、今何が一番忘れているか。私が思うには、人に対する思いあう心(慈悲の心)、人に対する感謝の心(報恩の心)、そして人に対しての「恩」ということが少し忘れている気がします。

 先ずは、私自身が心の修行をしないと人には伝わらないと思います。何かひとつ私にできること、日々のお勤めの中で自分の心に手を合わせてみる、自分自身に手を合わせてみる、それを今心掛けてしています。

 そして御宝前の日蓮大聖人、日隆聖人の御尊顔を拝しますと、日々お顔が違って見える時があります。今日はにこやかなお顔に見える時もあれば、今日は少し怒っていらっしゃるように見えたりするのは「なぜだろう?」と考えましたら、それは自分の心が日々違うからだと思います。だから御尊顔に顕われ、お姿を借りて映しだされていると思いました。

 手を合わすことってたくさんあると思います。ご先祖に対してのお勤めや、葬儀や法事の席とかまたは、食事を頂く時などたくさんありますね。できれば一日の生活の中で、自分に手を合わせてみるということをしてみて下さい。少しずつ変わってくると思います。

 いつも一緒に暮らしている家族に対して、なかなか言えなかった「ありがとう」が自分の心に手を合わすことの積み重ねによって、ちょっとしたことでも素直に「ありがとね」って、言えるようになってきます。

 本当に変わってきます。それができてくると、自然と相手に対する想い、感謝の心が伝わると思います。

 大事なお勤めの中で、そうした心が変わらないよう一生懸命勤めて、一日の始まりとして、そして一日の終わりに「至心懺悔」の心を持って自分に手を合わすことも大切なことだと思います。

 今、私が住職をさせて戴いている足守という町は、人と人との繋がりがある町で、何かあったら直ぐに駆けつけて助けてあげたり、野菜とかご飯のおかずをあげたりもらったりと、昔ながらの生活をされています。

 なにより教えて戴いたことは、「生きる知恵袋」と申しますか、何に対しても無駄にしない生活をされています。着られなくなった服を継ぎ合わせてテーブルクロスにするとか、残り物でいろんな料理にするとか工夫して生活されています。

 住職をさせて戴いてから今もですが、生かされる生活をいつも教えて下さっています。そして一番驚いたのが、朝のお勤めの「太鼓の音が私等の一日の始まりの合図です」といわれたことです。なにげなしにただ太鼓が好きで叩いているだけのことが「時の知らせ」ではないですが、毎日の始まりの合図とは思いませんでした。

 しかしありがたいことです。朝の太鼓の音が聴こえないと不安というか、「今日は太鼓の音が聴こえんけど、風邪でもひいとってんじゃうか」と、心配して下さっているみたいです。

 そんな皆様方のためにも、多くの方に対しても、僧侶としては素直な心を持ち、お自我偶の中の「質直意柔軟」でなければいけないと思います。

 まずは、自分自身をもう一度初心に返り、素直さを忘れず、心を磨いて、本門八品上行所傳本因下種の南無妙法蓮華経を唱えさせていただき、このお題目の功徳をいつも戴いているということを感じて、改めて精進に邁進させて戴きたいと思います。

        南無妙法蓮華経        合掌



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009年06月04日 19時45分

6月壮年部例会
6月の壮年部例会は12日です。